松﨑 静さん
静岡雙葉高校卒。1年間の浪人生活を経て、2018年度入試で東海大学合格

両親が側にいてくれたから、勉強に専念できた

医師を志したきっかけを教えてください

静さん:実は、昔から医師になりたかったわけではないんです。最初は研究者になりたくて、職業体験も研究所を選んで行っていました。それが、部活で仲良くなった友人が医学部を目指していて、子ども病院の見学や医師体験などに一緒について行ってみたら「医師ってすごい」と衝撃を受けたんです。その時までは全然知識も情報もなかったのですが、病院で働いている人たちを見て、直感的に「こういった仕事がしたい」と思ったんです。具体的に何がというよりも、ピンと来たという感覚です。それで、高1の途中から医師を目指すことにしました。

最難関と言われる医学部受験については、どう捉えていましたか?

静さん:医師の家系ではないので、「はるかに難しいらしい」という、なんとなくのイメージしか持っていませんでした。しかも、当時は吹奏楽部の副部長をしており、部活動も毎日ありました。1つのことに集中してしまう性格なので、どうしても学校の勉強と部活動が中心になっていました。現実的に「これはまずいかも」と思ったのは、高3の春頃です。思い返すと笑ってしまうくらいなのですが、偏差値は50台前半くらいでした。数学は自信があって安定もしていたのですが、化学は好きな割には伸びず、英語は圧倒的に悪かったです。親に模試の結果を見せるのが本当に嫌でした(笑)。
お父様:家で英語の「え」の字でも出ようものなら、険悪なムードになるような時期もありましたね(笑)。今では笑い話ですが。

右はお父様の松﨑龍佳さん

浪人が決まった際には、予備校選びで悩んだとか

静さん:東京で下宿しながら医学部専門予備校に通うことも検討しました。ただ、塾の友人だと話せない悩みとかもあるじゃないですか。そうなると、離れたところに行くと友人とは電話でしか話せなくなってしまいます。父も母も、いろいろと話せる大切な存在です。ですから、私としては、親元から通うことで、大きな不安なく勉強に専念することができました。
お父様:実際に親子3人で東京の予備校も見学に行きました。ここに住んで、こうやって勉強していくという説明を受けて「本当にこれでいいのだろうか」と、悩みました。結論は出なかったのですが、最終的には親元から継続して医学部専門予備校に通って頑張ると決めました。本人も思うところがあったようです。

そして、医学部合格に向けた勉強の日々が始まります

静さん:この1年は英語を伸ばすことが目標でした。レベル別問題集や塾の授業で渡されたテキストは、3周以上解くようにしていました。単語帳は2周、文法問題は7周くらいしました。本当に毎日英語に取り組んでいたので、いつの間にか得点できるようになったというのが、率直な感想です。今年の受験前には、「これだけ1年間やってきたんだから、きっと大丈夫」と思いながら受験してました。

モチベーションはどう保っていたのでしょうか?

静さん:私が通っていた医学部専門予備校は少人数授業で、私のクラスは4人だったのですが、最初の授業に出て、英語は他の3人に圧倒的に負けていると感じたんです。そこで、一番できる人と同じくらいの力を絶対に付けたいと、ずっと思っていました。抜けないまでも、並ぶくらいにはなりたいと。授業でも一番最初に答えられるようになりたい、というのが目標でした。科目ごとに目標になる人がいたり、競い合えたりできるのは、私にとって良い環境だったと思います。加えて、しっかりと理解するまで話し合えるのも、少人数授業の良いところかなと思います。

見守る苦労もあったと思います

お父様:それはもう(笑)。ただ、家の中ではあらゆる面でポジティブに振る舞おうと決めていました。本人の中では、模試の結果を持ってくるのが「親はどう反応するんだろう」と、最も気になることだったと思います。本来は、入試結果が全てなのでしょうが、年間を通しては、やはり模試の結果がバロメーターになるので、どうしても気になります。でも、私の立場からは「いいじゃん」「上がってきたね。いけるいける!」と前向きな言葉だけを掛けるようにしていました。私自身が教えられるわけではないので、せめて気持ちを高めてあげたいなと。

そして、見事、東海大学医学部に合格しました

静さん:いろいろなことに運というか流れみたいなものが作用しているのかもしれないなと感じました。当然落ち込んだ瞬間もありましたが、総合的に見たら合格に向けて良い流れに乗れていたと思います。小さいことも含めて、ちょこちょこと流れを感じることができました。
お父様:医学部専門予備校でお世話になったのは大きな環境の変化でしたし、大学で学ぶことはより大きな環境の変化です。特に中高が女子校だったので、共学で学ぶのは劇的な変化だと思います。先ほど娘が流れの話をしましたが、共学の大学で学ぶために、医学部専門予備校での少人数授業という準備段階が必要だったのかなと思っています。ですから、東海大学の医学部に入学できたのは、落ち着くべきところに落ち着いたというか、そういう流れ、運命だったのかなと不思議な縁を感じています。もちろん、本人の努力があってこそ、です。本当に頑張ったと思います。